菓葉暦

立冬

りっとう
11/7〜21頃
立冬

和菓子をどうぞ

菓銘 『亥の子餅 -いのこもち-』
求肥製(黒胡麻入り) | 漉し餡(柿・栗の甘露煮入り)

日の光が淡く薄らぎ、冬の気が立つ頃。一段とすすむ冷え込みで木々が彩られていく一方で、朝晩は暖房を入れる日も増えていきます。

「亥の子餅」は猪の子うり坊を模した餅菓子で、千年以上にわたって冬の訪れを告げてきた由緒あるお菓子です。もとは古代中国から伝わった行事食で、亥の月(陰暦十月)、亥の日、亥の刻(21〜23時)にこの餅を食べると無病息災を望めるといわれています。のちに猪の多産にあやかり子孫繁栄や豊穣の願いも込められました。紫式部の「源氏物語」にも登場します。

江戸時代には暖房の役割を果たした囲炉裏や炬燵、火鉢を使いはじめる日は亥の子の日と決まっていました。陰陽五行思想では亥は水に属し、猪は火伏せの霊験あらたかとされる京都の愛宕神社の神使でもあることから、この日に使いはじめると火難除けになると考えられていました。木造の建物が立ち並び、たびたびの大火で多くの人命や暮らしが失われてきた時代、防火の願いは今以上に切実だったでしょう。

この風習は今も茶道の「炉開き」に残っています。炭で茶釜の湯を沸かす際、夏から秋は畳の上に据える風炉が、冬から春は畳の下に設えて部屋も一緒に温める炉が使われます。炉開きは冬のはじまりに畳で塞いでいた炉をひらき、その年摘んだお茶を初めていただく晴れやかな席で「茶人の正月」とも称されます。新暦11月に入ると行われますが、今でも亥の日を選んでひらかれることも多い茶事です。

炉開きでも好まれる亥の子餅、作り方は実にさまざまです。鎌倉時代の文献には「大豆・小豆・大角豆ささげ・栗・柿・胡麻・糖」の7種の粉を用いたと記されていますが、時代とともに変遷し、今ではお店ごとにバリエーションがあって食べ比べも楽しめます。ここでは小豆・黒胡麻・栗・柿の4種を使いました。黒胡麻や栗は冬に衰えやすい部分を養い長寿につながるもの。柿は近年長引きやすい残暑で乾燥気味の肺を潤すもの。合わせて一年の労を和らげ来年の英気を養うお菓子に仕上げています。

立冬イラスト

季節のからだ

「水」のちからで温まる

五行思想では寒い冬を象徴する「水」ですが、これから迎える冬本番、熱を上手に取り込んで蓄えるコツはその「水」のちからを使うこと。今回は3つご紹介します。

ひとつめはお風呂から上がる直前に水を加えたぬるま湯を足元にかけること。

湯船に浸かると皮膚の血管が太く拡張し血行が良くなります。皮膚越しにお湯の熱で温められた血液がくりかえし巡って全身を温めますが、お風呂から上がった途端、今度は肌に触れた冷たい空気によって熱がどんどん奪われていきます。身支度を調えている間にすっかり湯冷めすることも。

加水したぬるま湯を足元にかけることで温度差に反応する自律神経のはたらきで血管が引き締まり、一時的に熱を逃がしにくくなります。その間にしっかり着込んで保温するとポカポカが続きます。ただし、血圧が高い方や心臓に負担がかかりやすい方はかけ湯は控えて、ぬるめの湯温や脱衣所に暖房を入れるなど温度差を小さくして負担を減らしてください。

でも、冷えているとお風呂ではなかなか芯まで温まらないと感じませんか?

そんなときに使いたいのが「蒸気」のちからです。水蒸気はそれよりも温度が低い物体に触れた途端、一気に熱を放出して水に戻ろうとします。茹でるより蒸す方が熱の通りが早く、一瞬なら熱湯よりも水蒸気に触れる方が重いやけどになりやすいのは瞬間の熱量が圧倒的に多いため。

この熱の通りの良さを手軽に利用できるのが「小豆のカイロ」です。市販品もありますが、単純に布に小豆を詰めたもので、電子レンジで温めると小豆に含まれる水分が蒸気となってじんわりと熱が伝わります。ゆっくり冷めていくので、長時間発熱しつづける使い捨てカイロのように汗をかいて冷える心配もありません。湯たんぽ代わりに背中やおなか、内太ももに当てるのがおすすめです。低温やけどになりやすい方は加熱時間を減らし、眠る前に外すと安心です。

室内の体感温度も蒸気で上げましょう。皮膚や呼気からは常に目に見えない形で水分が蒸発しています。不感蒸泄といって一日に出て行く水分量は約0.9L。冬は乾燥した冷たい空気に皮膚の水分が奪われやすく、湿度が低いほどその量は増えます。汗と同じように水分が蒸発すると体温が奪われるので蒸発量が多いほどからだは寒く感じます。加湿器を使うと適度な湿気が皮膚を覆い蒸発が抑えられて寒さがやわらぎます。

ただし、水は火を弱めるものでもあります。温かい飲み物で温まろうとするのはほどほどに。水分を摂りすぎてむくむとからだに保冷剤を巻きつけているような状態に。また、排泄できてもお小水と一緒に熱が出て行くので冷えやすくなります。火と水、両方のちからを使うコツはバランスです。

  • 水の温度差で熱を逃がさない
  • 蒸気のちからで上手に温める
  • 温かい飲み物も摂りすぎると冷える

五感をひろげる一句

野仏やひかり秘めたりお茶の花

茶はツバキ科の常緑低木。日本にはじめて種子と茶の製法を持ち込んだのは栄西禅師と伝えられている。花は晩秋から初冬にかけて開花する。目立たなく可憐で清楚な花である。初冬のあたたかき日、路傍の野仏の笑みに光がこぼれている。茶の花を一輪供えよう。(季語:お茶の花)

作:志田円/「自鳴鐘」同人