春分
しゅんぶん菓銘 『佐保姫 -さほひめ-』
薯蕷きんとん製|丹波大納言小豆粒餡
昼と夜の長さが等しくなる頃。春分の日を中心とする7日間はお彼岸。太陽は真東から昇り真西へと沈み、西方へとまっすぐ続く道は彼岸につながります。
日本列島が桜の開花予報に浮き足立つ頃、春雨に包まれる山々はどこか薄紅色に煙って見えます。
佐保姫は春を司るうら若き女神。奈良時代に平城京の東にあったといわれる佐保山の神霊で、得意な染織で野山をやわらかな春色に染めていくとされています。佐保山にたなびく霞は姫の薄衣の裾だそう。
「佐保姫の織りかけさらす薄機の霞たちきる春の野辺かな」(古今和歌六帖/詠み人知らず)
薄機うすはたは薄い衣のことで霞のほころびから春の大地が覗く様が目に浮かびます。
一方、平城京の西の龍田山に住まうのは秋を司る女神、龍田姫。佐保姫と同じく裁縫や染織を得意とし、秋になると山裾を艶やかな錦に織り上げていくといわれます。龍田山や竜田川の名は万葉集や古今和歌集など古い和歌にもたびたび登場します。
「ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは」(百人一首/在原業平)
川一面敷きつめるように紅葉が浮かぶ様を紅の絞り染めに例えています。
佐保山も龍田山も現存しませんが、今でも佐保川は両岸に桜が咲き誇る名所、竜田川も(実際は当時とは異なる川だそうですが)紅葉の名所として親しまれています。
大和の山だけでなく日本中の山々が次々に桜色に染まっていく様子を天から眺めると朝焼けのような美しさかもしれません。季節は一年の夜明けに当たる頃。太陽に育まれる生きとし生けるものがいよいよ目覚め、躍動する半年が始まります。
一年の目標へ向かうスタートライン
一年を24時間に例えると昼の時間が長くなっていく春分は朝6時、一日が動き出すときにあたります。花冷えすることはありますが、「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように気温は次第に落ち着いていきます。
明るく温かくなってくると自然と行動力がわいてきて活動量が増えますが、これは自然からのプレッシャーが和らいできたサインです。
寒さはからだを緊張させ、自然と交感神経の方が刺激されやすくなります。夜が長く寒い季節は自然環境からのストレスが大きい分からだは休息を多く必要とするため、がんばりたくてもブレーキがかかりやすい状態でした。昼が長く暖かくなってくるとそのプレッシャーが和らいでからだがリラックスする分、緊張感や集中力を必要とする活動にも力を注ぎやすく、多少のがんばりも利くようになってきます。
ここからの半年間はアクセルを踏んで今年目指すところへ向かっていけるシーズン。かろやかに走り出したいところですが、冬の寒さや早春の寒暖差、秋冬の忙しさですでにガソリン不足の方も。気持ちだけで進もうとするとついスピードを出しすぎたり空回りしたりして初夏早々に失速してしまうので、ゆっくり動き出しましょう。
気温が上がった日に軽く汗ばむ方、疲れが出やすい方はエネルギー不足でからだの調節機能がゆるんでいます。まだしばらくは汗をかくと内側から冷えやすいので脱ぎ着できる服装で調節を。風は暖かくても無防備にお肌をさらすと汗をかいたときのように疲れやすくなります。春の間は薄い羽織り物やストールを纏っておきましょう。
甘酸っぱい味はからだがゆるみすぎるのを引き締め、疲労回復を助けます。甘酢や酢の物、旬のいちごや柑橘類をおやつにどうぞ。ただし食べ過ぎやジュースでの摂取はむしろ疲れやすくブレーキがかかるのでご注意を。
朝のまどろみが気持ちいい時期ですが、生活リズムもゆるんでしまうとせっかくの自然の追い風を活かすことができません。体力気力はあるけれどいまいちスイッチが入らずだらけてしまう方は、一度えいっ!と動き出せば案外からだは軽くなるはずです。食事にはピリッとしたアクセントを。旬の菜の花や新たまねぎ、味付けにはからしや生姜を利かせてみて。ほどよい辛味は血行を促し外に向かって動き出す力をくれます。
夜明けが刻々と早くなる季節、これからの半年は早起きすることで自然界最大のエネルギー源、太陽の後押しを受けられます。朝型生活は体力気力の回復に効果的ですが、そのために睡眠時間を削っては意味がありません。逆算して一日のスケジュールを組み直し、疲れている日はあれこれ詰め込まないで早めに休むところからはじめてみましょう。春分は朝型に切り替えていくベストタイミングですよ。
- 今のからだに合わせたスタートを切る
- 酸味と辛味でスピードコントロール
- エネルギー効率の良い朝型生活にチェンジ
鳥の歌絶え間なく降り山笑う
春は小鳥たちにとって恋の季節である。こぞって鳴き合い、つがいを探す。「山笑う」は生気が山に兆し始めた春の胎動をいう。生命の歓びの歌が降り注ぐ山は喜びに満ちている。(季語:山笑う)
作:志田円/「自鳴鐘」同人